生物は基本的に、死を回避するよう作られています。
我々人間も例外ではなく、動物としての本能や教育的な価値観から、生存を優先した行動をとるのが一般的です。
しかし人間とは特異なもので、自ら命を絶つという選択をする人も決して少なくはありません。彼らの多くはそれぞれ何かしらの事情を抱えてその結末を選んだのでしょうから、赤の他人である僕に言及できることはないでしょう。
ただ僕自身、強烈な希死念慮を抱くことがないわけではありません。人生が続いていくことへの激しい嫌悪と絶望が、突如として押し寄せてくるのです。そしてそれは、この世界で生きている以上皆さまにも心当たりのあることだと信じています。
そこであなたに提案します。その希死念慮を妖怪のせいにしてやろうじゃありませんか。
漠然とこの世界を呪って死にたがるのも一興ですが、たまには仮想敵に責任転換をしてやりましょう。

ということで今回は、自殺を促す妖怪「縊鬼」を紹介します
自ら首を縊らせる妖怪、「縊鬼」


縊鬼(いき、いつき、くびれおに)は、中国と日本で伝承される妖怪のことです。死霊や憑き物としても扱われます。
中国の縊鬼と日本の縊鬼は少し違いますが、多くの場合は名前のとおり縊死の強要……つまり首吊り自殺を誘発する怪異とされています。



精神的に追い詰めた結果自殺をまねく怪異や呪いは少なくないけど、ダイレクトに自死を強要する妖怪は珍しいですね
中国における縊鬼
中国での縊鬼は「いき」と呼び、首を吊って亡くなった方々の霊だと言われています。
中国の伝承には、「冥界の人口は決まっているので、代わりがいない限り死者は転生できない」というものがあります。その上、代わりになる対象は自分と同じ死に方をした人間でなければならないという制約まであるのです。
ですがそうそう都合よく自分の身代わりになる死者など現れません。そうなれば転生を望む死霊たちが考える最も手っ取り早い方法は、自ら生者に憑りついて自殺の幇助をすることとなります。縊鬼は首を吊って亡者となったので、首吊りを強要するわけですね。
鬼(中国においては幽霊の意)が代わりを求めるので、この行為を「鬼求代」といいます。



自分が救われるために犠牲者をだすのは、七人ミサキに通じるものがあるね



中国の縊鬼は別名として、「吊殺鬼(ちょうさつき)」や「吊死鬼(ちょうしき)」とも呼ばれるようです
日本における縊鬼
日本での縊鬼は「いつき」と読みます。また別名として、「縊れ鬼(くびれおに)」とも呼ばれています。
日本の縊鬼も中国での伝承と同様、生きている人間に干渉して首つり自殺を誘発する存在です。
相違点としては、特に縊鬼の目的が語られていないことが挙げられます。中国での伝承と違い転生が目的でないとしたら、一体の縊鬼が複数の人間を縊死させる可能性があるかもしれません。
また、川で溺死した人間の霊とされることもあり、川端で自殺念慮を引き起こすパターンも存在するようです。



溺死によって生じた霊っていうのも、七人ミサキに通じるとこがあるね
『反古のうらがき』での縊鬼


縊鬼に関する代表的なエピソードとしては、江戸時代の随筆家である鈴木桃野が残した奇譚、『反古のうらがき』に記されているものが挙げられるでしょう。
以下にストーリーをご紹介します。
ある日、江戸の麹町(東京都千代田区)にある某組頭の屋敷にて酒宴が開かれていました。
普段であればその場に、酒を飲んでは愉快な話をする男がいるのですが、約束をしていたにもかかわらずこの日はなかなか姿を現しません。
しばらくすると男はやってきたものの、「急用ができたので断りにきました。喰違門(江戸城外郭の城門)に人を待たせているので失礼します」といって帰ろうとします。
組頭が男に「俺たちの寄り合いで約束を破るとは何事だ。訳を話せ」と問いただすと、男は「首を縊る約束をした」と答えました。
それを聞いた組頭がやや強引に酒を飲ませて男を足止めしていると、喰違門で首吊り自殺があったとの知らせが入ります。
組頭は改めて男に事情を尋ねると、男は「どうも夢のようでよく覚えてないんですが……」と前置きをして次のように話し始めました。
「夕方おれは喰違門のあたりを通ったんですがね、誰かにここで首を吊るよう言われたんです。それがどうにも断る気がしなかったんですが、お頭に一言断ってからにしようと思ってこっちに来たんですよ。その人(?)も少し待ってくれるみたいでしたからね」
そう男は淡々と語り、
「でも不思議ですよ。おれはなんでか首を吊らなきゃいけないと思ったし、疑問にも思わなかったんですから」
と言いました。
それを聞いた組頭が「まだ首を縊るつもりはあるか?」と聞くと、男は首を縊る真似をして「まさか、ああ恐ろしい」と答えましたとさ。
というお話です。



組頭の機転で男は助かりましたが、待ちくたびれた縊鬼は別の人を狙ったみたいですね



めでたしめでたし……なのかな?
おわりに
今回は自死を誘う厄介な妖怪、「縊鬼」について紹介しました。
昔々の人々は、理屈のわからない恐ろしい現象や不可解な現象を妖怪のせいにして、未知への恐怖をやわらげてきました。
それと同様に、一度あなたの希死念慮を縊鬼のせいにしてみてはいかがでしょうか。闇雲に世界を嫌うより、「お前には負けないぞ」精神の方がファイティングポーズはとりやすいですからね。



それでも駄目なら、一ヶ月以内の達成できる小さな目標を作るのがお勧めです。行きたかった場所に行く予定を作るとか、簡単な資格に挑戦するとかね



どんなに小さくても、希望を持っている人が一番強いので
それではまた。
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